こんにちは、歴史と漫画好き。
いのまんです。
今回は「鬼人幻燈抄」江戸編に登場する蕎麦屋・喜兵衛の主人と娘・おふうについての紹介です。
娘であり、少女であり、姉の様でもある不思議な女性・おふう。
殺伐とした甚夜の鬼としての時間に、出会った人とのかけがえのない時間に暖かみを持たせてくれたのがおふうという女性。
そしておふうの父親である蕎麦屋・喜兵衛の主人、人と鬼の生きる時間、流れる時間は違い、同じ時を歩むことは出来ません。
二人の関係は鬼人幻燈抄の物語の根幹を担っているのだが、理屈以上に心震える関係に涙が止まりません
「鬼人幻燈抄」~作品詳細
作者:中西モトオ
出版社:双葉社
ジャンル:和風ファンタジー
発行巻数」既刊11巻(2022年11月現在)
甚夜との出会い
1853年春、江戸に出てきた頃の甚夜は人目をはばかるように常連となったのが蕎麦屋・喜兵衛。
喜兵衛のご主人の娘・おふう、年ごろは14.5歳の少女。
始めはそばを運ぶ手つきも危なっかしいのだが、言動は年上である浪人の甚夜に対して君付けで呼ぶように親しげです。
むしろ甚夜の事を初めから年下の弟のような接し方をしています。
江戸編で15年ほどの付き合いになる蕎麦屋の二人だが、鬼退治をしている甚夜の事を常に心配しているのがおふうという存在です。
「そうやって背伸びしたがるうちは、まだまだ子供ですよ」
10歳以上年が下の少女から心配されている所に心温まります。
明るく活発な少女というよりも、儚げに消えてしまいそうな少女。
葛野での出来事から、憎しみと迷いを持った甚夜にとって人間味を取り戻させてくれる大切な女性となっています。
おふうの包容力
前出の通り、おふうは甚夜にとってお姉さんのように優しく、時には14.15歳の容姿に反して母性すら感じさせる少女です。
江戸編での甚夜は白雪の死と鈴音への愛憎に苛まれて、常に張り詰めた糸のような状態にありました。
そんな時に心配してくれたのがおふうです。
「甚夜君には少し余裕が必要なんだと思います」
思い詰めている甚夜に気を使う様子は、姉の様であり母の様でもあります。
15年間の関係性で甚夜が少し冗談を言った時には「甚夜君が冗談を言えるようになったのが嬉しくて」と笑うシーンに文字から母の温もりを感じさせてくれました。
おふうがメインとなる場面は少ないですが、甚夜との関係性は姉弟の様であり夫婦の様でもありました。
ただ甚夜との仲を進展させようとしてくる父への対応は、十代の少女そのもので可愛らしかったのですけどね。
蕎麦屋喜兵衛の正体
「おふう、お前ももうちょっと頑張らんと」
娘を案じて甚夜とすぐにくっつけたがる蕎麦屋・喜兵衛のご主人。
彼には秘密があります。
1853年秋、お人好しで有名な三浦家嫡男三浦直次が蕎麦屋の常連となります。
直次は沈んだ様子で、実は自分には兄がいると思うと相談を持ち掛けます。
この謎は三浦家にあり、甚夜が謎の解明に行くと三浦家の一室から水仙の香りが漂います。
突如現れる火事の場面、1657年明暦の大火。
江戸三大大火と呼ばれる大火事、延焼面積・死者ともに江戸時代最大で日本史の教科書に必ず出てこの大火事を契機にして江戸の都市改造が行われた大火災です。
約10万人が亡くなった大火事、家から焼け出された幼く赤い目をした一人の女の子。
両親は亡くなり、赤い目によって人々には疎まれる
10年が過ぎ、幼い子供は少女になり
20年が過ぎ、少女のまま老いもせず
50年が過ぎ、人に紛れて意味なく過ごす
長い長い苦痛の末、百年ぶりに江戸に向かうと焼けたはずの生家に父と母。
幸福だった頃の思い出の庭で遊ぶ少女。
そこにいる幼い子供こそが、蕎麦屋・喜兵衛の娘・おふう。
おふうは約200年の時を生きる鬼。
おふうの能力は思い出の場面を作る事、それが”幸福の庭”で、三浦家はおふうの生家があった事で直次の兄・定長はこの庭に来てしまったのです。
定長という人物は、直次同様にお人よしと言えるでしょう。
一人寂しそうに遊ぶ少女、そんな彼女を見て寄り添います。
「俺の娘にならないか?俺も家を捨てるから」
傷ついた鬼の子供を説得していますが、子供の姿をしたおふうは断り続けます。
家から離れることは出来ないと
「人がいて家があるんだ。人が笑えないなら家じゃない」
おふうは幸せだったころの両親がいた庭を再現していますが、その庭には肝心な両親はいません。
人のいない家は朽ち果てていくのが自然の流れ、それを無理に堰き止めるのは虚しいばかりです。
定長はそんな一人ぼっちの孤独な鬼の少女に対して自分の人生をかけて大切な場所をつくろうとしてくれた人物です。
失ったものばかりを見ていたおふうの心は、定長の想いによって救われて、彼の娘になりたいと思う事で”幸福の庭”という過去から抜け出すことができています。
全てを失ったおふうと彼女を救った定長。
血は繋がりなく、種族も違う、それでも家族になろうとした二人。
しかし、二人が同じ時を生きる事は出来ませんでした。
おふうへの想いと定長の死
「うちのおふうを妻に迎えるってのはどうでしょう?」
1863年、甚夜に鬼退治の過程で野茉里という娘ができます。
野茉莉を喜兵衛に預けている機会が多いことからも、現実味の増すその言葉。
定長にとってのおふう
甚夜にとっての野茉里
人と鬼、鬼と人。
定長とおふうの関係性が、後の甚夜と野茉莉の関係へとなっていきます。
1867年、この頃喜兵衛の主人・定長は老衰から寝込む事が多くなります。
この時点で弟・直次は32歳、二つ年上である定長は本来34歳と老け込むような歳では無いのだが、おふうといた”幸福の庭”で過ごした時間が彼の寿命を縮めてしまいました。
私といなければもっと長い人生を送られた、だからおふうは落ち込む。
最期の時が近づく中で、定長は甚夜とおふう・野茉莉にもう一度縁談お話を持ち掛けます。
定長は甚夜が鬼だという事を前から知っていました。
15年近く一緒にいれば容姿が変わらない甚夜を不思議に思うのも無理はない話ですが、それ以前に自分の娘が鬼だという事で始めの方から気が付いています。
甚夜は気が付かれていないで縁談を持ちかけられていたと思っていたでしょう。
しかし定長として鬼同士、おふうと甚夜が一緒になってくれることを望んでいました。
「鬼は鬼である己から逃れられぬ」
甚夜の憎しみの心と白雪への想いが定長の願いを阻みます。
それでも定長は「甚夜は変われた」と言い、否定する甚夜。
甚夜の生き方の悩みを聞いた上で定長は
「生き方を重く感じるのは、それだけ今の生活が気に入っている証拠」
「切り捨てられない想い 甚夜の目的と価値のあるものになれたこと」
甚夜の目的は白雪の仇と鈴音を止める事、本来その2点だけを目的にしていた。
今も同じ思いだけなら悩むことは無いはずです。
甚夜の中で、白雪・鈴音への想いはあるものの、それと同じくおふうと定長への想いも積み重ねてきたものがあります。
15年間の時の重みです。
「別れに怯えて今を蔑ろにしないで欲しい。」
最初の想い(白雪・鈴音)、今の想い(おふう)、順番が違っただけで甚夜が重ねてきた想いは全て何も変わらないという事です。
鬼と人でも、一緒に過ごせることを証明した定長・
最後に野茉里を真ん中に甚夜とおふう揃えて立たせる場面、定長はおふうを嫁に出したかったんだろうなって思います。
同じ時間を生きる事ができる甚夜とおふう、一緒になってほしかったという親心が痛いほどに伝わってきました。
甚夜とおふうが重なる道
おふうは甚夜が迷った時の道標になってくれていました。
鈴音への愛情と憎しみ。
土浦との戦いの末、野茉里に鬼の姿をみられても、その場におふうがいてくれた事で甚夜は救われています。
憎しみを言い訳に自分を正当化していたが、誰かを守りたいという願い。
おふうには、甚夜が初めから何か守るための戦いをしていた事がわかっていました。
京へ向かう事になった甚夜。
おふうは定長の願いである、蕎麦屋を営なみ共に生きる道は無いのかと問います。
しかし、甚夜は断っています。
気が付かぬうちに甚夜の支えになってくれていたおふうだが、逆におふうに一緒に来ないか?とも誘いますがおふうはおふうで断ります。
父・定長に外に出してもらい、守られた。
そして今度は甚夜に守ってもらおうとしている。
幸福の庭に逃げ込んだ時と変わらない、一人で立てるようになりたいと告げているおふう。
おふうはそう言っていたが、おふうという存在は甚夜の鞘になっていたと思います。
決して守られるだけではなく、甚夜の固まってしまった心を解きほぐしてくれています。
「また逢えますか?」
「生きていればすれ違うこともあるだろう」
「はい。いつかまた」
おふうの優しさにもっと触れていて欲しかったと感じてしまいました。
最期に
ある場面でおふうが甚夜の胸を借りるシーンがありました。
読者としてはこのまま二人が一緒になり、同じ時間を過ごして欲しいと考えたのではないでしょうか?
江戸編3冊分、作中では15年間、読者としても常に側にいた蕎麦屋喜兵衛の二人は、シリーズの中でもっとも好きな人物で、別れのつらいキャラクター達です。
現状、昭和編まで発売されていますがまだおふうは登場していません。
明治・大正・昭和と生き抜いてきた甚夜がおふうと再会した時、どんなお話になるのかがとても楽しみにしております。
ではでは最後までお読みいただきありがとうございました。
したっけね!
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